なまえさんが好きだよ










まっすぐに私を見つめて言う善逸くんの視線に耐えられず、思わず目を逸らしてしまう。
私が何も言えずに黙っていると、善逸くんが優しい声で話した。


「うん、分かってるよ。なまえさんが、たくさん不安を抱えてること。ちゃんと聞こえてるから」
「・・・」
「俺はさ、まだ弱いし頼りないから、そういうの話す気持ちになれないかもしれないけど、これから絶対強くなるから。なまえさんに頼ってもらえるように。そしたら、また告白するよ」




なんてことだろう。
全部、私のせいなのに。私が臆病なせいなのに、彼は自分が弱いからだと言う。
そう、彼に思わせてしまっている。














「・・・違うよ」
「なまえさん?」
「善逸くんが原因なんじゃない。全部、私のせいなの」

膝の上で握っていた手に力がこもる。力が入って震える手を、善逸くんが上から優しく包んだ。


「なんで、そう思うの?」



そう言って優しく微笑む彼は、やっぱり底抜けに優しい。
全然弱くないし、頼りなくない。私にとって唯一の男の子だ。
私は自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。







「私が、ここの世界の人間じゃないって、話したよね」
「・・・うん」
「こっちに来てからね、元の世界の記憶が、なくなっていってるの」
「・・・え?」
「少しずつ、思い出せなくなってる。大切だった人のことも。顔とか、名前とか、もうかなり思い出せない。たぶん、もうすぐ全部忘れちゃって、そしたら私は元の世界に戻れなくなるんだと思う」
「そんな・・・」


信じられない、という顔で善逸くんがこちらを見ている。
私も、これが現実なんだと受け入れるのに時間がかかった。でも、時間は待ってくれなかった。受け入れざるを得なかった。



「怖いの。ずっと、怖い。家族とか、あの人との思い出とか、そういうの、忘れちゃうのが怖い。私の生まれ育った場所のこと、忘れちゃったら私に何が残るの?私、からっぽになっちゃう」


こっちの世界に来て、元の世界の、あの人との思い出が唯一私を支えてきた。
でもある時から、思い出せなくなっていった。記憶がなくなった私は、一体何者なんだろう?



それでも、ここで過ごしていくうちに、大好きな人たちができた。
天元さんやそのお嫁さんたち、しのぶさん、蝶屋敷の人たち・・・この人たちのために何かしたいと思うようになった。
そして善逸くんに出会った。毎日が楽しくて、ずっとこんな日が続けばいいのにと思った。



でも、彼への気持ちが大きくなるのと同時に、記憶がなくなっていく恐怖も大きくなっていった。
宙ぶらりんの感情、どうすれば良いか分からなかった。

いや、本当は分かっていた。おそらく元の世界には戻れない。だったら答えは1つしかない。
ただ、それを受けれる覚悟が私にはなかった。




「元の世界を忘れてしまう覚悟、また大切な人を作る覚悟、その人の隣にいる覚悟、この世界で生きていく覚悟」


声が震える。私はめちゃくちゃなことを言っているかもしれない。ただ感情のままに話している。
それでも、善逸くんは黙って話を聞いてくれていた。


「頭では分かってる。でも気持ちが追い付いていかないの。まだ、心が拒否してる。だから」


ごめん、と言おうとすると、それは善逸くんの、私を呼ぶ声に遮られた。



「分かったよ、なまえさんの言いたいこと。でも俺、やっぱりなまえさんが好きだよ。そうやってたくさん悩んで、不安を抱えて、そんな中でも一生懸命生きてて、嘘吐かずに俺に対して話してくれる。そんななまえさんが好きだよ」
「善逸くん・・・」
「だからさ、待っててもいいかな。なまえさんの心が落ち着くまで。それまでに強くなるからさ。なまえさんの不安ごと守れるように」







ああ本当に、君には敵わない。



「ありがとう、善逸くん」


そう言うと、善逸くんは照れたように笑った。
なんだか緊張が解けて私も釣られて笑った。










「でも善逸くん、もう十分強いんじゃないの?」
「いやいやいやいやいや、そんなことないから。俺まだ全然弱いから。死ぬ気で頑張らないと、あの音柱の人に殺される」
「ああ、天元さん・・・想像つくな」
「でしょ?」


また2人で笑う。
やっぱり善逸くんの隣は安心するなと実感した。
早く、気持ちに応えたいと思う。
すると、それを察したのか、善逸くんが私の手をぎゅっと握った。



「なまえさん、焦らないでね。ゆっくりでいいよ」
「・・・やっぱりお見通しだね」
「まあね」
「・・・ねぇ善逸くん」
「なに?」

「抱きしめてもらっても、いい?」


そう言うと善逸くんは少し驚いたように目を丸くした。
そして頬を赤くして、少し考えたような素振りをして、こちらを見る。


「・・・いいの?」
「うん」


答えると、彼は壊れ物を扱うように、そっと、丁寧な仕草で私を引き寄せると、
見た目からは分からない逞しい身体に包まれた。



















ありがとう。

もう少し。もう少し、待ってて。




そう思いながら、私はそのぬくもりに身をゆだねて目を閉じた。